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銃剣とブルドーザー

銃剣とブルドーザー
銃剣とブルドーザー

 1945年4月、沖縄本島に上陸した米軍は必要な土地を次々と占領。終戦後も武装兵と重機を投入する「銃剣とブルドーザー」で土地を強制接収して基地を建設・拡張した。
 1944年9月、日本軍が中飛行場として開設した嘉手納基地は、米軍が上陸した日に占領。現在は3700メートルの滑走路が2本、200機近くの軍用機が常駐する。
 伊江島では日本軍が破壊した飛行場を米軍が修復し、沖縄攻略作戦の出撃拠点に。現在はパラシュート降下訓練などで使用されている。
 普天間飛行場は米陸軍が一部土地を接収し、本土決戦に備えて2400メートル滑走路(当時)を建設。60年に空軍から海兵隊に移管された。
 キャンプ・ハンセン、コートニー、瑞慶覧、牧港補給地区など主要施設の多くが軍事占領、土地の強制接収で建設された。
 日本本土も米軍基地は存在したが、米占領を脱した52年のサンフランシスコ講和条約の発効を機に大幅縮小。朝鮮戦争(50~53年)で配備された海兵隊が沖縄に移転し、本土とは対照的に基地拡張が進んだ。