福井と沖縄、原発と基地のニュースサイト

沖縄の米軍基地

主な沖縄県内の米軍基地

日本の国土全体の0.6%にすぎない沖縄県に在日米軍専用施設の約74%が集中している。33の米軍施設があり、市街地の中心に位置する基地も多い。沖縄本島の18.2%を米軍基地が占めている。

普天間飛行場

所在地 宜野湾市
面積 4806千㎡
使用開始 1945年(昭和20年)
管理 海兵隊
滑走路 2800メートル×1本
部隊 海兵隊第36海兵航空群(第1海兵航空団配下)
おもな常駐機 MV22輸送機、CH53輸送ヘリ、UH1Y汎用ヘリ、AH1W攻撃ヘリ

 宜野湾市の中心にある米海兵隊航空基地。市域の約25%を占める。基地を取り囲むように住宅や学校、公共施設が立ち並ぶため、「世界一危険な基地」とも称される。2004年8月、同基地に隣接する沖縄国際大学構内にCH53大型輸送ヘリが墜落した。
 日米両政府は1996年に普天間飛行場の返還に合意したが、移設を条件としており、実現していない。

嘉手納基地

所在地 嘉手納町、沖縄市、北谷町
面積 19855千㎡
使用開始 1945年(昭和20年)
管理 空軍
滑走路 3700メートル×2本
部隊 空軍第18航空団、在沖米海軍艦隊活動司令部
おもな常駐機 F15戦闘機、KC135空中給油機、E3早期警戒管制機、MC130特殊作戦機、HH60救難ヘリ、P8哨戒機

 極東最大の米空軍基地。1944年に旧日本軍が建設した中飛行場を拡張、嘉手納町、北谷町、沖縄市にまたがる。空軍、海軍の約100機が常駐するほか、空母艦載機や他基地からも飛来する。防空、反撃、偵察、機体整備などの役割を担う。敷地の南東側は居住地区となっている。
 深夜・早朝の飛行訓練により、周辺住民は深刻な騒音被害にさらされている。嘉手納町が町内3カ所に測定器を設置し、計測している。滑走路に隣接する屋良地区が最も激しく、70デシベル以上の騒音は年平均約37500回(2004~08年度)発生している。このうち、午後10時~翌日午前6時までの時間帯は、年間平均3350回(同)

嘉手納弾薬庫地区

所在地 嘉手納町、沖縄市、読谷村、うるま市、恩納村
面積 26585千㎡
使用開始 1945年(昭和20年)
管理 空軍

 空軍が管理する、米4軍の任務を支援する施設。嘉手納基地に隣接する森林地帯にあり、弾薬庫と支援施設がある。
 最近は発煙装置やGBS(爆発模擬装置)を使った基地修復訓練が施設内で実施されており、煙が民間地域に流れ込んだことがある。

キャンプ・シュワブ

所在地 名護市、宜野座村
面積 20626千㎡
使用開始 1956年(昭和31年)
管理 海兵隊
部隊 海兵隊第3海兵師団(第4海兵連隊、戦闘強襲連隊、第3偵察大隊など)

 山岳地域の「シュワブ訓練地区」と、辺野古の海岸部の「キャンプ地区」からなる施設。訓練地区にはライフルやピストルの実弾射撃訓練ができるレンジがある。訓練地区は海軍や空軍も使用している。
 日本政府は、同基地に面する大浦湾を埋め立て、普天間飛行場の代替施設を建設する作業を進めているが、沖縄県民の多くは強く反発している。

キャンプ・ハンセン

所在地 名護市、恩納村、宜野座村、金武町
面積 50333千㎡
使用開始 1945年(昭和20年)
管理 海兵隊
部隊 海兵隊第3海兵師団(第12海兵連隊、第31海兵遠征部隊など)

 金武町の中心街に面した「キャンプ地区」と、4市町村にまたがる「訓練地区」からなる。訓練地区はキャンプ・シュワブの「シュワブ訓練地区」と合わせて「中部訓練地域」とも呼ばれ、海兵隊のほかに陸軍、海軍、空軍も使用する。使用開始当初は飛行場があった。
 かつては榴弾砲を使った実弾射撃演習も実施され、その度に基地内を通る沖縄県道104号線が封鎖されていたが、沖縄県外の自衛隊や米軍の演習場に移転しており、現在は行われていない。
 「象のオリ」として知られた読谷村の楚辺通信所の代替施設はここに作られたが、「象のオリ」を思わせるアンテナはない。

キャンプ瑞慶覧

所在地 北中城村、北谷町、宜野湾市
面積 5957千㎡
使用開始 1945年(昭和20年)
管理 海兵隊
部隊 海兵隊太平洋基地司令部、第1海兵航空団司令部、陸軍第58信号大隊司令部など

 キャンプ・コートニーとともに在沖海兵隊の中枢的役割を有する。在日米軍沖縄調整事務所もある。かつては沖縄駐留の米陸軍司令部があったが、1975年にキャンプ・キンザーに移転。以後海兵隊が移駐し現在に至る。
 海兵隊司令部のある「バトラー地区」、陸軍第58信号大隊のいる「バックナー地区」、住宅のある「プラザ地区」、兵器・機材整備施設や隊舎のある「フォスター地区」に分けられる。北谷町の国道58号の西側にあった、いわゆる「ハンビー飛行場」もこの施設のひとつ。ハンビー飛行場は返還された。
 宜野湾市の「西普天間地区」が2015年に返還され、国際医療施設とするべく跡地利用計画が進められている。