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そもそも辺野古(6)沖縄は移設に合意したの? →条件付き合意を国が破棄

  • 2019年2月17日
  • 09:41
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そもそも辺野古~県民投票を前に(6)





 米軍普天間飛行場返還に伴う名護市辺野古への移設計画について、2014年と18年の2度の知事選で、反対を掲げた翁長雄志前知事、玉城デニー知事が連続当選した。





 それなのに政府は辺野古での埋め立て工事を進める。根拠は何か。菅義偉官房長官は「1999年に当時の知事と名護市長が受け入れた」と説明する。





 菅氏の言う99年の稲嶺恵一知事、岸本建男名護市長の受け入れ表明は、辺野古に建設する飛行場を米軍と民間が一緒に使う「軍民共用空港」とすることや15年の使用期限の設定、米軍と日本側の使用協定締結などの条件が付いていた。





 両氏は「条件が満たされなければ受け入れを撤回する」と突き付け、政府はその実現に取り組む方針を99年12月に閣議決定した。しかし、日米は2006年5月1日、辺野古沿岸にV字形滑走路を造る計画に合意。日本政府は同30日、県や名護市と十分に調整せず、1999年の閣議決定を廃止し、V字形案に基づく新たな方針を閣議決定した。





 V字形案について、当時の島袋吉和名護市長は2006年4月7日、政府との基本合意書に署名。一方、稲嶺知事は06年5月11日、V字形案を基本に協議する「基本確認書」に署名したものの、「合意したわけではない」と強調してきた。





 民主党政権だった10年1月、普天間飛行場の新たな移設先を検討する「沖縄基地問題検討委員会」で、防衛省はこの「基本確認書」について、「政府と県が合意したとは言い切れない」との認識を示した。





 V字形案を受け入れた島袋氏は10年1月の市長選で移設反対を掲げる稲嶺進氏に市長の座を明け渡した。稲嶺氏は14年市長選で、辺野古推進を主張した末松文信氏に勝利。18年市長選では辺野古の賛否を示さなかった渡具知武豊氏が稲嶺氏を抑え、当選した。





 知事選では稲嶺恵一氏の後継となった仲井真弘多氏が06年に「V字形案反対」、10年に「県外移設」を公約に当選。仲井真氏は13年12月に辺野古の埋め立てを承認後、14年知事選で翁長氏に大差で敗れた。18年知事選では翁長氏の遺志を継ぐ玉城氏が当選している。(政経部・福元大輔)


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