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ひめゆり8代目館長に普天間朝佳さん(58)「悲惨な記憶を橋渡し」

  • 2018年4月1日
  • 08:01
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「戦争の愚かさを語り継ぎたい」と話す普天間朝佳さん
「戦争の愚かさを語り継ぎたい」と話す普天間朝佳さん

 4月、戦後世代として初めてひめゆり平和祈念資料館(沖縄県糸満市)の館長に就く。「戦争から遠くなっていく若者たちに、悲惨な記憶を橋渡しする重要な仕事。島袋館長をはじめ体験者の方々がつくり上げた資料館の蓄積を生かし、職員と協力して頑張りたい」と意気込む。





 中城村出身の58歳。父方の祖父ら親族が犠牲になり、学業優秀だったという従兄は目の前で母を失ったショックで長く心を病んだ。多くの県民がそうであったように、非体験者の自らにとっても身近だった沖縄戦。琉球大学在学中に学んだのは、沖縄戦研究者で後に知事となる故大田昌秀さんのゼミだった。





 しかし、1989年6月の開館直前に資料館に採用された当初は「何かをやりたいとか強い気持ちはなかった」と明かす。大学卒業後、新聞社や自治体に勤めたが長くは続かず「ふわふわして人生に迷っていた」とき、職員募集中の資料館を知った。





 日々接するひめゆり学徒の生存者たちの証言は重く、衝撃的だった。「その言葉や存在感に勝るものはない。自分には伝えることは無理とおじけづいた」





 それでも体験者が資料館に立てなくなる時代が必ずやって来る。見渡せば非体験者が記憶を伝える活動はいくつもあった。戦後60年ごろに始まった資料館の「次世代プロジェクト」で、新しく採用した若い職員たちが語りを受け継ごうと奮闘する姿にも刺激を受けた。





 県内にあったひめゆりなど男女21校の学徒隊を調査し、企画展や資料集制作にも没頭。「仕事をする中で、思いも知識も蓄積されていった」と振り返る。





 県民の利用低迷や修学旅行の多様化などで、年間の入館者数は減少傾向にある。継承はよりシビアな局面を迎えるが、覚悟を決めて前を向く。「これ以上、体験者に無理をお願いすることはできない。どうすれば多くの人に関心を持ってもらえるか、知恵を絞り努力していくしかない」(社会部・新垣綾子)


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