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社説[両陛下来県]際立つ「寄り添う姿勢」

  • 2018年3月29日
  • 07:20
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 天皇、皇后両陛下は27日沖縄入りし、翌28日、日帰りで日本最西端の与那国島を訪れた。





 来年4月30日に退位する陛下にとって、在位中の沖縄の旅はこれが最後になるかもしれない。





 父親の昭和天皇は戦後、一度も沖縄を訪れていない。





 「戦争責任」と、米軍による沖縄占領の継続を希望したとされる「天皇メッセージ」問題が、昭和天皇には最後までついて回った。





 陛下が、海洋博の開会式に出席するため初めて沖縄を訪れたのは、皇太子時代の1975年7月のことである。





 ひめゆり学徒隊を引率した仲宗根政善さん(故)に対し、宮内庁サイドから人づてに、私的な立場で話したい、との皇太子殿下の意向が伝えられた。





 戦場で亡くなった生徒たちのことが頭に浮かび、思い悩んだ末に、会うのを遠慮したという。





 「ひめゆりの塔」の壕の中に潜んでいた活動家が、献花する皇太子ご夫妻に対し、火炎瓶を投げつける事件が起きたのは、そのときである。





 陛下はその日に「沖縄戦における県民の傷跡を深く省みる」との談話を発表した。





 「沖縄の旅」は皇太子時代を含め今回が11回目となる。





 沖縄、広島、長崎、そして海外の激戦地。「象徴の務め」として最も重視してきたのは「慰霊の旅」である。





 戦争体験者の声に耳を傾け寄り添う姿勢は、すべての「慰霊の旅」に見られるもので、昭和天皇とは異なる天皇像をそこで示したといえる。





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 1996年4月に来日したクリントン米大統領との会見で、陛下は、沖縄の基地問題を念頭に「日米両国政府の間で十分に話し合われ、沖縄県民の幸せに配慮した解決の道が開かれていくことを願っております」と述べた。 





 同年12月の誕生日を前にした記者会見では、沖縄戦と米軍統治の歴史に触れたあと、こう語っている。





 「このような沖縄の歴史を深く認識することが、復帰に努力した沖縄の人々に対する本土の人々の務めであると思っています」





 「慰霊の旅」とともに、重視してきたのは「離島の旅」である。退位を来年に控え、与那国を訪れ、8月には北海道の利尻島を訪問することが検討されているという。





 天皇の象徴的な行為として「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅」を大切な象徴的行為と位置づけているのである。





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 来年5月の代替わりによって、象徴天皇制は新たな時代を迎える。「慰霊の旅」や「離島の旅」は新天皇にどのような形で引き継がれるのだろうか。





 国事行為は憲法に列記されているが、象徴としての公的行為については憲法上の定めがない。公的行為はどうあるべきか、国政の場での議論が必要だ。





 「寄り添う天皇像」は多くの国民の支持を得ているが、「男性中心」の天皇制に対する疑問は根強い。女性天皇の是非や皇族のあり方なども幅広く議論する必要がある。


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