福井と沖縄、原発と基地のニュースサイト

オスプレイ5年、不安消えない沖縄 墜落・緊急着陸は計8件

  • 2017年10月1日
  • 12:40
  • Twitterでシェア0
  • Facebookでシェア0
  • Google+でシェア
  • 0
普天間飛行場への配備から5年が経過した米軍オスプレイ
普天間飛行場への配備から5年が経過した米軍オスプレイ

 米軍普天間飛行場にMV22オスプレイが配備されて1日で丸5年となった。配備後、普天間所属機の事故、トラブルは相次ぎ、墜落と緊急着陸は計8件に上る。事故のたび、県は原因究明や飛行中止を求めているが、米軍は根拠を示さないまま「安全宣言」し、日本政府は追認している。不安を抱える県民の上空を、今も24機のオスプレイが飛び続けている。





 2012年に日米両政府が正式に配備を公表すると、開発段階から事故が相次ぐオスプレイへの不安から、県内では強い反対の声が上がった。13年1月には県内全市町村長や議長、県議らが参加し、配備撤回などを求める「建白書」を安倍晋三首相へ提出した。





 しかし、日米両政府は12年10月から配備を強行。16年12月13日には名護市安部の海岸に墜落し、不安が現実のものとなった。





 その後も機体のトラブルは相次ぎ、9月29日には新石垣空港に2機が緊急着陸。翁長雄志知事は原因究明や飛行中止を求めたが、米側から詳細な説明はない。





配備計画を隠し続けた政府





 1日で米軍普天間飛行場への配備から5年が経過したMV22オスプレイ。2016年12月の名護市沖での墜落以降も事故やトラブルが相次ぎ、県内では不安が広がっている。だが、米軍や日本政府からは不安を払拭(ふっしょく)する情報は発信されていない。不信の元となる「情報隠し」の姿勢は、配備計画の段階から続いている。





 沖縄への配備が初めて表面化したのは1987年の海兵隊機関誌の報道だった。96年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告の草案にも、普天間のCH46ヘリの後継機として普天間代替施設に配備することが明記された。しかし、日本政府の意向で、成案では削除された。





 政府はその後も「具体的に決まっていない」と配備計画を隠し続けた。結局、日本政府が公表したのは2012年だった。





県民の不安が現実に





 配備が明らかになると県民からは強い反発の声が上がった。配備撤回を求める県民大会が開かれ、抗議運動は普天間飛行場のゲートを封鎖する事態に至った。





 県民が配備に反対する最も大きな理由は危険性だ。開発段階から事故が相次ぎ、米国内では「空飛ぶ恥」と言われた。米国分析研究所(IDA)元主任分析官のアーサー・リボロ氏は、通常、ヘリがエンジン停止時に降下する際、風圧で回転翼を回転させ、安全に着陸する「オートローテーション(自動回転)」機能が欠如していると構造的欠陥を指摘している。





 その不安が現実になったのが16年12月の名護市安部での墜落事故だ。だが、米軍は原因が分からないまま6日後に飛行を再開。その後も豪州沖での墜落や緊急着陸などを繰り返し、県民の不安と不信感はこれまでになく高まっている。





 翁長雄志知事は29日、政府が繰り返す「県民に寄り添う」との言葉を引用し、「政府が県民に配慮しているのはその言葉だけだ」と不信感をあらわにした。相次ぐ事故に憤り「絶対に配備を撤回してもらわないといけない」と強調した。


基地 from 沖縄 カテゴリーニュース

原発 from 福井 カテゴリーニュース

原発 from 福井 カテゴリーニュース

基地 from 沖縄 カテゴリーニュース