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【記者ルポ】県民はフツーに生活、観光客はスマホで撮影・・・那覇で不発弾処理

  • 2017年9月4日
  • 11:00
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不発弾処理のため、封鎖された道路=3日午前10時35分、那覇市松山1丁目付近
不発弾処理のため、封鎖された道路=3日午前10時35分、那覇市松山1丁目付近

 旧盆入りの3日、米国製5インチ艦砲弾の不発弾処理作業が、沖縄県那覇市松山1丁目の工事現場であった。現場は那覇の都市部で飲食店や住宅、ホテルなどが密集する。住民は驚く様子もなく淡々と行動する一方で、観光客には「珍しい光景」として受け止められていた。戦後72年続く沖縄の「日常」を歩いた。(社会部・川野百合子)





 午前8時、気温は29度を超えた。現場には市消防局の職員や警察官など約30人が誘導に立つ。半径88メートル以内の周辺住民ら約375人が避難対象だったが、避難開始の午前9時を過ぎても動く人はまばらだった。





 避難所の市津波避難ビルに集まったのは約10人。自宅で休んでいた高安千代さん(87)は、訪ねてきた消防隊員に避難を促されたという。「知らなかったさ。ウンケーの準備で疲れていたから、昼すぎまでゆっくりしていようと思っていたのに」と身なりを整えながらこぼす。「なんで今日なのかね。旧盆が終わってからやればいいのに」とつぶやいた。





 そんな中、現場に立つ自衛隊員らに熱心に質問していたのは市泊の具志堅青鳥(せいちょう)さん(77)だ。「『沖縄は激戦地だった』と聞くだけでなく、こういう実情をちゃんと見ないと」と、薄れる戦争の記憶に危機感を口にする。「展示されている不発弾や体験談だけでなく、生々しい戦争を若い人に感じてほしい。戦後72年、戦争はまだ終わっていない」





 現場付近では観光客の姿も多く見られた。スマートフォンで撮影していたのは富山県から来た金子和人さん(55)。仕事で沖縄によく通っているが「不発弾処理の現場を初めて見たから」と話す。泊まったホテルからは1カ月以上前に「3日は、午前9時半までに部屋を出るように」とのメールがあったという。「昨日も遅くまで飲んだけど」と目をこすりながらレンタカーに乗り込んだ。





 20代のカップルが困惑した表情を浮かべて立っていた。台湾から来たという。不発弾が近くで発見されたと教えると「フェイク(偽物)? リアル(本物)?」と信じられないといった表情。「沖縄戦の本物の砲弾」と説明すると目を見開き、封鎖された道路をスマートフォンで撮影し始めた。2人は帰国後、沖縄の「リアル」をどのように伝えてくれるのだろうか。





 午前10時40分、「ボカンッ」という音が響く。消防隊員が「月に1度は不発弾処理がありますよ。お疲れさまでした」と慣れた手つきで撤収した。5分後には、何もなかったかのように車の往来が始まった。





 艦砲弾は長さ約44センチ、直径約12センチ、重さ約35キロ。処理後の実物を見ると、思っていたより小さく感じた。でも、今も世界中で発射されているこの小さな砲弾の行方を、どこまで想像できているだろうかと自問した。


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