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米軍機墜落の惨事から58年 宮森小できょう慰霊祭 いまだ明かされない事実も

  • 2017年6月30日
  • 07:59
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1959年6月30日に沖縄で米軍戦闘機が墜落。宮森小学校を巻き込んで児童や住民18人が死亡、210人が負傷した
1959年6月30日に沖縄で米軍戦闘機が墜落。宮森小学校を巻き込んで児童や住民18人が死亡、210人が負傷した

 1959年、米軍戦闘機がうるま市石川の宮森小学校や周辺住宅地に墜落してから30日で58年になる。墜落の悲惨さを伝えているNPO法人石川・宮森630会と遺族会は午前10時から、宮森小学校仲良し地蔵前で慰霊祭を開く。当時宮森小2年生だった島袋力夫さんによる独唱「千の風になって」のほか、遺族会などのあいさつも予定している。





 墜落で児童11人、地域住民6人が死亡(後に後遺症で1人死亡)し、負傷者は210人にも及ぶ大惨事となった。





 当時宮森小5年生で、2年生だっためいの久高徳子さんを亡くした630会会長の久高政治さん(69)は「遺族の気持ちに寄り添うとともに、沖縄全体の問題として捉えてほしい。二度と起こしてはいけないとみんなで共有する日にしたい」と強調した。





◆新証言集を発刊へ NPO630会





 【うるま】NPO法人石川・宮森630会(久高政治会長)は、米軍戦闘機墜落から60年となる2019年に向け、新たに証言集の発刊や米国資料の収集などに取り組んでいる。





 630会はこれまで、遺族や被害者からの聞き取りをまとめた証言集「沖縄の空の下で」を3巻まで発刊。墜落当時、宮森小の巡回教師で2010年から630会の会長だった豊濱光輝さんが15年に79歳で亡くなるまで、4巻の発刊に向けた作業を進めていた。久高会長は「生前、『一生を懸けて630会の活動に取り組む』と語っていた豊濱さんの遺志を継ぎ、後世に伝えるために少しでも多くの証言を集めたい」と語る。





 30日で墜落から58年となるが、賠償金の額や交渉過程などいまだに明かされていない事実は多い。昨年、630会は解明に向けて米国立公文書館の関係資料をA4で約2千枚を収集した。墜落後に米軍が住民を治療した様子などが記されているという。





 夏には編集委員を立ち上げ、翻訳作業に乗り出すほか、米軍機墜落に関する作文や平和の詩の公募なども構想している。


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