福井と沖縄、原発と基地のニュースサイト

沖縄復帰45年 「世替わり」の日、1972年5月15日の社説は何を語ったのか

  • 2017年5月14日
  • 06:00
  • Twitterでシェア0
  • Facebookでシェア0
  • Google+でシェア
  • 0
<div class="caption">1972年5月15日の沖縄タイムス朝刊1面。トップは「新生沖縄、自治へ第一歩」。「きょうから円交換」「核の撤去を表明」といった見出しが目を引く。「現在の歴史の時点で…」と題した社説も掲載</div>
<div class="caption">1972年5月15日の沖縄タイムス朝刊1面。トップは「新生沖縄、自治へ第一歩」。「きょうから円交換」「核の撤去を表明」といった見出しが目を引く。「現在の歴史の時点で…」と題した社説も掲載</div>

 沖縄が本土に復帰して15日で45年を迎える。戦後27年に及ぶ米統治から日本に復帰した県民。待ち望んだ「世替わり」の日に、何を思ったのか。1972年当日の沖縄タイムス社説を紹介する。







1972年5月15日の沖縄タイムス朝刊1面。トップは「新生沖縄、自治へ第一歩」。「きょうから円交換」「核の撤去を表明」といった見出しが目を引く。「現在の歴史の時点で…」と題した社説も掲載






[社説]現在の歴史の時点で…(1972年5月15日)





 日本への復帰は、沖縄の地位の正常化を意味するかもしれないが、現実には異常な政治状況のなかにおかれることになろう。それを現在の歴史としてどうとらえるか。そこにわれわれの選択の問題がある。





 「日本の経済は二十世紀、社会は十九世紀、政治は十八世紀」という「伝説」があるそうである(篠原一著・日本の政治風土)。日本には現代的な憲法があり、たてまえとしては主権在民、また政治の仕組みからしても、十八世紀的というのは、いくらか誇張した感じを受けるけれども、政治の方向や政治指導層の言動を見たり聞いたりするとき、現在の憲法の理念とは、かなりの距離がみられるのは否定できないように思われる。十八世紀的な政治という伝説は、そういうことを背景にしているのであろう。





 よくいわれることであるが、日本は敗戦という多大な犠牲と戦争は罪悪という深い反省から平和主義に徹するとともに、市民法的考え方と社会法的考え方を同時に取り入れて、それらを憲法の土台としてすえた。いわゆる自由権と生存権であり、個と集団の権利保障であった。きわめて限定されたものではあったが、戦前の憲法でも、あるていどの自由は国民に与えられていた。しかし、それらが治安維持法などの弾圧法によって、窒息状態にあったことは戦前、戦中を生きた人たちには、いまでも明確に脳裏に残っていることだと思う。そういう事情からいえば、現在の憲法が保障する自由は、実質としては戦後のことに属する。いいかえれば、市民法的考え方にしても、戦前の日本には十分に定着していなかった、ということになろう。





 市民法的考え方は要約すれば、束縛と差別からの個人の解放であり、独立、自由、平等の保障だといわれている。それは資本主義の発展と表裏の関係にあった。しかし、その考え方は抽象的であったがゆえに種々の矛盾を生じた。職業の選択は自由だといっても、現実はそうではない。逆に失業の自由ということにもなりかねない。そういう現象は現在、復帰失業ということで、われわれの周辺に生起していることである。そういう状態では生活や社会の安定は達成されない。また、平等だといっても、金持ちの家に生まれるのと極貧の家に生まれるのとは、実際問題として平等でないことは、容易に想像できることであろう。資本家と労働者の関係でも、決して平等だったとはいえまい。このような具体的な社会の現象は、市民法的考え方の視野の範囲外にあった。これらの矛盾を是正する形で、人間らしく生きる権利が主張できるようになったというのが、法の歴史ということになっている。日本の場合、自由権の確立の過程なしに、生存権も同時に憲法の土台にすえたところに、憲法に対する信頼と反発の対立状況を生む結果になっているのであろう。現在の日本の憲法が施行されて二十五年─本土において押しつけ憲法論があり、日本の政治風土に適合した自主憲法制定の主張があり、それに対抗する方向で憲法擁護運動が強力に進められているのは、このような交錯した社会の、政治の面への反映だと考えられる。きょう日本の施政権下に復帰した沖縄も、憲法に対する感覚の点では、右の状況の例外ではないのではないか。





 憲法はいうまでもなく、政治のあり方について基本的に規定したものであり、画期的だといわれている現在の日本の憲法に対して、いくらかでも理解を深めるための努力が、結局は真実の平和と民主主義を実現し、豊かな生活を築くことになるのではないか─憲法の土台としての基本的人権の問題について、あるいはくどいと思われるほど、常識の範囲で解説的に書いたのは、そういう観点からであった。





 戦前と戦後で、大きく変わったものの一つとしては「主権が国民に存することを宣言」したことがあげられよう。そのことは、これから日本国民として生きていくわれわれにとって重要なことだと考えられる。「真の主権は市民の意思の過半数に存し、代表の過半数には存しない」という主張がある。これが日本の場合にも完全に符合するかどうかは別として、底流としてあるのは肯定できることではないか。主権在民と関連して言論、報道、思想の自由が保障される。それは当然のこととして国民の知る権利と結びつく。これらに対応して健康で文化的な生活を営む権利、教育を受ける権利、勤労と団結などの社会権がある。これらの諸権利は一面からいえば、資本主義の賢明な所産ということになっているが、そのような諸権利が現在の時点で、深刻な危機感によってとらえられているのは、どういう政治事情の変化からであろうか。





 戦後の日本経済は急速に成長した。しかしその背後では、人権の大量破壊が行なわれたのは周知のとおりである。諸種の公害問題によって、そのことは歴然としているとはいえないか。公害で苦しむ人たちの立場に自らをおいて考えてみるところに、現代の人権問題の出発点があるはずであるが、政治が十分に対応はしていない。





 公害は地域開発とも関連しているものであり、地域開発は国家権力と資本の結びつきによって、地方自治を侵害していることは、ずっと以前から指摘されているところである。戦後、国家論が盛んになったのは、一つにはあらゆる問題に国の力が作用し、分析研究の過程で不可避なほどに増大しているからだといわれているが、ますます肥大化する国の力に、どう対応するか、たんに学問の上だけではなく、教育の問題も含めて、地方自治の重要な課題になってきているのは、必然というべきであろう。





 言論、報道、思想の問題はどうであろうか。報道の自由、国民の知る権利が、政府の秘密保持によって政治問題化したのは、最近のできごとである。また思想と関連して司法危機が叫ばれているのも、政治と無関係のことだとはいえない。経済、社会、思想の発展に、さらには資本主義の賢明な所産に対してさえも、政治は追いついていない感じだ。現在の日本の政治が、混迷の印象を与えているのは、憲法感覚の欠如だといってしまえば、それまでのことではあるが、ここでもう一度「経済は二十世紀、社会は十九世紀、政治は十八世紀」という伝説を見直し、どう対処すべきか考えてみなければならないのが、現在の時点ということになろう。





 沖縄が復帰で直面する問題のひとつに自衛隊がある。憲法第九条と安保体制のなかの自衛隊の間には、常識的に考えても、そこにはかなりの距離がある。このような憲法と安保体制の対立という驚異の政治状況は、他に類例がないということであるが、形の上では復帰によって地位の正常化ではあるとしても、現実は新しい出発点において、異常の政治状況という重大な岐路に、われわれが立っていることを、ここで深く認識しておきたいのである。それは理論的に強大な中央権力への抵抗体として位置づけられている地方自治を、さらに自主的な創造体として構築していく課題とも関連する。





 アメリカの著名な経済学者P・M・スウィージーは、その著書「歴史としての現代」のなかで「現在はやがて歴史になるであろうことは誰でも知っている。社会科学者の最も重要な課題は、現在がまだ現在であるうちに、そしてわれわれが、まだその形と結果を動かしうる力をもっているうちに、それを今日の歴史として把握しようと努めることである」と書いている。それは、まさに現在のわれわれに痛切に訴えてはいないか。現在を歴史としてとらえ、それに参加するには、いくつかの視点があるかもしれない。しかし、現段階の共通の課題としては、やはり憲法の原点への理解を深め、実践していくことではないのか。個の確立を通じて、まず自分自身に対処することによって、同時に強力な集団の権利と連帯をつくりあげていくことではないだろうか。


基地 from 沖縄 カテゴリーニュース

原発 from 福井 カテゴリーニュース

原発 from 福井 カテゴリーニュース

基地 from 沖縄 カテゴリーニュース