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「もう二度と起こさせない」-それだけを願う沖縄の「祈り」【動画あり】

  • 2016年6月20日
  • 06:13
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「怒りは限界を超えた」のメッセージボードを一斉に掲げる県民大会の参加者=19日午後、那覇市・奥武山公園陸上競技場
「怒りは限界を超えた」のメッセージボードを一斉に掲げる県民大会の参加者=19日午後、那覇市・奥武山公園陸上競技場

 もう二度と起こさせない-。ただそれだけを願う沖縄の「祈り」に満ちていた。元米兵暴行殺人事件の被害者を追悼し、海兵隊撤退を求めた19日の県民大会。黒色を身にまとった6万5千人(主催者発表)が会場を埋め尽くした。地元の民意を顧みず、名護市辺野古の新基地建設を進めようとする日米両政府。「マケテナイビランドー(負けてはいけない)」。翁長雄志知事は声を張り上げ、人々は割れんばかりの拍手で応えた。

 3日前に梅雨が明け、突き刺すような日差しの下、したたる汗を拭いながら、参加者らはじっと壇上に視線を送った。開始前までは市民団体や労働組合の旗やのぼりが乱立していたが、司会の呼び掛けに応じて一斉に下ろされ、「追悼」の雰囲気に様変わりした。

 冒頭、全員が起立し1分間黙とう。理不尽な死を遂げた20歳を悼み、静かに頭を垂れた。

 プログラムに載っていなかった被害者の父親のメッセージも朗読された。大会当日まで開封しないよう言付けされていた手紙。「なぜ娘なのか。なぜ殺されなければならなかったのか」。遺族の苦悩がつづられた言葉が会場を包む。

 戦後、米軍犯罪が連綿と続いてきた沖縄。「救えなかった命、防げなかった事件。無力感、悔しさを感じている」「何人の犠牲者を出せば、沖縄の苦しみを分かってもらえるのか」。無残に命を奪われ、人権を蹂躙(じゅうりん)された幾多の被害者の存在を知る参加者らは、登壇者の言葉に「そうだ」の合いの手を飛ばす。

 あふれんばかりの思いの丈を登壇者がスピーチし、大会進行は予定時間よりずれ込んでいく。だが、その場を離れる人はいない。

 辺野古見直しや日米地位協定改定といった抜本策に手を付けず、小手先の対応に終始する日本政府。「いつまで沖縄はばかにされるのか」。登壇した玉城愛さんが声高に叫ぶと、ひときわ大きな拍手が湧いた。

 大会の最後、参加者らは一斉に「怒りは限界を超えた」「海兵隊は撤退を」と書かれたメッセージボードを頭上に。ボードを読み上げる地響きのような声が灼熱(しゃくねつ)の夏空にこだました。



■翁長知事「マケテーナイビランドー」

 昨年5月の新基地建設反対で結集した県民大会の熱気とは違い、追悼の深い悲しみと事件への激しい怒りが入り交じった今回の大会。炎天下に集まった約6万5千人(主催者発表)のまなざしが、舞台上の翁長雄志知事に集まっていた。

 喪服姿の翁長知事は登壇者席に座ってからの約1時間、翁長知事が眼鏡を外し、ハンカチで顔を拭う場面があった。この日は「父の日」。自身にも2人の娘がいる。被害者の父親のメッセージが読み上げられた時、まばたきが早まったように見えた。

 戦後71年、本土復帰44年を経ても変わらない沖縄の現実を改めて突き付けられた事件に対し、県民の思いをくみ、そして本土や国外に何を訴えるべきか。あいさつ直前まで口を一文字に結び、険しい表情を崩さず、ペンを握りながら自身が読み上げる原稿を何度もチェックしていた。

 翁長知事のあいさつは約7分間。今月1日に被害者の遺棄現場を訪れ、献花したことに触れ「心の底から『あなたを守ってあげることができなくてごめんなさい』という言葉が出てきた」と、政治家として知事としての思いを語った。

 さらに、沖縄の叫びが聞こえないふりをする本土側、日米両政府に対し「私たちは心を一つにして、強い意志と誇りをもってこの壁を突き崩していかなければならない」と県民に呼び掛け、子や孫の将来を思うウチナーグチで締めくくった。

 「グスーヨー、マケテーナイビランドー ワッターウチナーンチュヌ、クワッウマガ、マムティイチャビラ、チバラナヤーサイ」(負けてはならない。ウチナーンチュは子や孫を守るため、頑張ろう)。

 この日一番の拍手と指笛が会場を包む中、知事の表情が少しだけ緩んだ。




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