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計画から11年、停滞地元に焦り 敦賀原発3,4号始動(上)

  • 2004年3月30日
  • 17:44
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敦賀原発3,4号機増設の手続き入りについて知事(手前)の了承を受けた後、スケジュールを説明する日本原電の鷲見禎彦社長(中)=2004年3月29日、福井県庁
敦賀原発3,4号機増設の手続き入りについて知事(手前)の了承を受けた後、スケジュールを説明する日本原電の鷲見禎彦社長(中)=2004年3月29日、福井県庁

 敦賀原発3、4号機(福井県敦賀市)増設で、準備工事入りに向け手続きが進み出した。構想が明らかになり十一年。計画は曲折し、原子力、エネルギーを取り巻く環境も激変した。地元の特需に対する期待、電力需要への不安…。増設をめぐる動きを探る。

  ×  ×  ×

 「送電線が一基分しか発注されないらしいぞ」「やはり計画通りにはいかないのか」。日本原電敦賀原発3、4号機の増設手続きが滞っていた昨秋、地元敦賀市ではこんなうわさが流れた。経済関係者の一人は「3号機がたとえ進んだとしても、4号機は造らないんじゃないか、という焦りもあった」と振り返る。

 背景にあるのは全国的な原発増設の停滞。二〇〇三年十二月には珠洲原発(石川県)、巻原発(新潟県)と建設断念が相次いだ。「県が(増設に)”待った”をかけ続けたら、国や日本原電の方が”やめた”と言い出すのでは」―。こんな疑心暗鬼が渦巻いていた。

 二月県会では「どこかで原発事故が起きれば、さらに遅れる。早く判断してほしい」と訴える地元県議さえいた。県への不満の声が高まり、深い溝が生じたような中で、西川一誠知事の決断に注目が集まっていた。

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 最後まで「県益を考え総合的に判断したい」と繰り返してきた知事。慎重な姿勢を崩さなかった理由の一つは、本県が最重要課題とする新幹線の県内延伸だった。

 二十九日、知事から計画前進了承の判断を得た鷲見禎彦社長は、手続きが遅れた理由を問われ、コスト削減の検討に加え「われわれも県内に発電所を置く、社会の一員ですから」と説明。新幹線問題を慮った点を挙げた。

 しかし、地元や経済界、県会では新幹線問題と切り離した判断を求める声が強まる一方だった。

 昨年末、知事と会談した河瀬一治市長は、地元で倒産が急増する状況を挙げ「新幹線も大事だが今そこにある危機から救うことも行政としての役目」と直談判。新幹線の県内延伸を求める決議をした県会も、年明けには増設を促す方向へ転換。「原発推進を」の大合唱となった。

 「増設を人質に新幹線延伸を求め、強気でカードを切ったはずが、『お願いだから造ってください』と増設してもらう。いつの間にか立場が逆転してしまった」。県議の一人は皮肉交じりに振り返る。

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 一九九三年二月に日本原電が敦賀市に正式要請してスタートした増設計画。とんとん拍子で進むと思われたが、阪神淡路大震災後の原発の耐震性への不安、もんじゅナトリウム漏れ事故といった逆風を受け、大きくずれ込んだ。国の電源開発基本計画に組み入れられた後も、東京電力のトラブル隠しに見舞われて事前了解が遅れた。

 そして今、電力需要の低迷や電力自由化による競争が待ち受ける。

 「バブル経済のころのように電力が窮迫しているのならまだしも、今の時勢では建設を慌てる必要がないというのが電力事業者や国の本音」と県の担当者は漏らす。逆に、経済が冷え込む地元では景気回復の”即効薬”として増設待望論はピークに達していた。

 原電に判断を伝えた西川知事は「計画に不都合が起きないよう確実に推進を」。確認したはずの見通しに、重ねて念を押した。


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