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対岸8キロの河野、危機感は常に 原発の行方・第2章(7)

  • 2012年2月11日
  • 05:00
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敦賀原発(福井県敦賀市)のある敦賀半島先端部を眺める同県南越前町大谷の住民。原発からの距離は約8キロで、敦賀市役所よりも近い=2012年2月10日
敦賀原発(福井県敦賀市)のある敦賀半島先端部を眺める同県南越前町大谷の住民。原発からの距離は約8キロで、敦賀市役所よりも近い=2012年2月10日

 福井県南越前町(旧河野村)大谷は、越前海岸沿いにある小さな集落だ。日本原電敦賀原発(同県敦賀市)は海を挟んで南西約8キロに位置する。1970年に敦賀1号機が運転を始めて42年間、河野の住民は対岸から原発をずっと見続けてきた。

 「福島のような事故が起きたら、敦賀の市街地もわれわれも同じや。だけど敦賀は立地、ここらは準立地の区分けは変わらん。納得がいかん」。大谷区の小川保区長(62)は不満げだ。

 集落内では過疎、高齢化が進み、空き家も増えている。小川区長によると、半世紀前は40戸以上あったが、今では22戸に減った。近くに住む無職男性(65)は「原発建設のときに反対したが、いま対岸は発展しとる。事故は不安やけど、ここを離れるわけにはいかんし」とつぶやいた。

 幼少のころから住む女性(60)はこうつぶやく。「風向きによっては原発事故で放射性物質が直接飛んでくる。とても怖い。若い人は住みたがらないんじゃないの」

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 「これまで何のメリットもなく、ただ危険だけがある。ここの漁師たちはずっと、原発は近くにいらんという立場や」と漁業者の思いを吐露するのは、河野村漁業協同組合の小川佐左ヱ門組合長(74)。漁業や民宿が主要産業の旧河野村は、対岸に建つ原発という存在に揺り動かされてきた。

 1981年の敦賀1号機の放射性廃液漏れ事故が起きた際は、魚の値段が下落し、観光客も減るなど風評被害を受けた。95年の日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故では、村会が廃炉を求める決議を行い、抗議行動も起こった。97年には村の予算でヨウ素剤を配備するなどの対応を迫られた。

 原発の準立地自治体として、確かに電源3法交付金などで一定の恩恵は受けてきた。南越前町に合併前の2004年度までに約27億円が交付され、河野シーサイド温泉「ゆうばえ」や保育園の整備などに充てた。敦賀3、4号機増設計画に伴い原電からは10億円以上の寄付もあった。

 ただ、リスクは立地と同様なのに、交付金はけた違いに少ない。川野順万南越前町長は「もんじゅ関連の交付金では、陸地で隣接する美浜町と海を挟んで隣接する村とでも交付額が大きく違った」と語る。

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 東京電力福島第1原発事故を受け、南越前町は防災体制強化へいち早く動いた。町内全域への放射線量測定器やヨウ素剤の配備を6月補正予算に計上。原発から30キロ圏外に避難先を確保するため、7月には友好都市の岐阜県羽島市と災害時相互援助協定を結んだ。「目の前にある原発に対し、町民の安全安心を第一に考えなければならない」(川野町長)と考えたからだ。

 10月には県内自治体に先駆け、地震と津波、原発事故の複合災害を想定した町総合防災訓練を行った。課題として、津波時に海岸沿いの道路が避難路に使えない恐れがあることと、30キロ圏外までの避難ルートの確保が浮かび上がった。

 町は、現在は途切れている国道305号を防災避難道路として早く開通させるため、ホノケ山トンネルの完成を前倒しすることや、他市町と接する県道の改良などを強く求めていく方針だ。

 日本原電などと結ぶ安全協定の見直しも最優先課題の一つ。現状では事故時の連絡通報などに限られ、立地市町のように運転再開の協議の権限はない。

 向瀬英渡町議会議長は立地自治体の位置付けを数十キロ圏という“面”で考えるべきだとの主張だ。「それだけ原発は危険なもの。蚊帳の外にいる状況を変えたい」と強調した。


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