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国策の新型転換炉、独自技術で実績 ふげん運転終了(上)

  • 2003年3月29日
  • 16:22
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24年間の運転にピリオドを打つ新型転換炉「ふげん」=福井県敦賀市明神
24年間の運転にピリオドを打つ新型転換炉「ふげん」=福井県敦賀市明神町

 新型転換炉(ATR)ふげん(福井県敦賀市)が二〇〇三年三月二十九日で運転を停止する。国家プロジェクトとして建設され、初臨界から二十五年。福井県内では初めて廃炉準備に入る。「日本の原子力政策を映す鏡」とも形容されたふげんの軌跡を追った。

 一九七八(昭和五十三)年三月二十日。ふげんの中央制御室は緊張感に満ちていた。設計から建設まで日本独自の技術で開発したプラントが初臨界に達した。富士電機から動力炉・核燃料開発事業団に移りATR開発の計画当初から中心にいた明比(あけび)道夫さん(72)=横浜市=は、実況中継をするように報道陣への説明に追われていた。通過点でしかないと思ってきたが興奮でその後の記憶がない。

 初臨界から丸一年。異例の早さで本格運転にこぎ着けた。「このときのことは今でも心の中で生き続け、半世紀近い技術屋人生の支え」。明比さんは当時の関係者の思いを代弁する。

 「オールジャパン」の体制が敷かれたふげんの開発。研究機関や電機メーカーなどから人材が集められた。茨城県の大洗工学センターには実機に近い大規模の試験施設がいくつも造られ、テストが繰り返した。再循環ポンプ、主蒸気隔離弁といった主要機器も初めて国産化し、初めての純国産原発となった。

 当時はみんな燃えていた。

 ATRは軽水炉でもなく高速増殖炉でもない、中間的な性格の原発だ。ふげんでは当初、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を炉心の半分で装荷する予定が「後で思えばラッキーだったが予算が足りず設計変更した」(明比さん)結果、全炉心に装荷できる形になった。プルトニウムは回収ウラン、劣化ウランなどとも混ぜて燃やせる柔軟さが特長だ。

 ふげん開発の背景にあったのは「資源の有効利用」。ウラン枯渇も予想される将来に備えてプルトニウム利用を実証し、核燃料サイクルのパイオニアにしよう―。そんな役回りを担うはずだった。もう一つの柱が「自主開発」。原子力分野を一気に産業レベルまで底上げする狙いだった。

 八八年。ふげんの使用済み燃料を回収、再処理したプルトニウムが再びMOX燃料として装荷され、ふげんをめぐる核燃料サイクルの輪は完結。一つの到達点となった。最終的にふげんで燃やしたMOX燃料は七百七十二体。世界で使用された約五分の一を占め、群を抜く実績ではある。

 「事故や故障が決して少なかったわけではないが、結果的には軽水炉の延長上にふげんを位置付けていい運転実績を残したのではないか」。県原子力安全対策課の来馬克美課長はこう評する。二十四年間を通しての設備利用率は62%。開発段階の原型炉してはまずまずの数字だ。

 日本原子力研究所から開発に参加し、重水炉一筋にかかわった元動燃理事の沢井定さん(76)=横浜市=は「プロジェクトの目的は、産業化が見通せる段階にすること。世界で評価される開発は、特長ある構想から生まれた」と振り返る。

 しかし、ふげんの位置付けは原子力開発利用長期計画が改定されるたびに徐々に変わり、コスト高などで実用化の道は閉ざされた。ふげんも結局廃炉の運命に。相次ぐ事故、揺れ動く政策…原子力を取り巻く諸情勢をそのまま映し出すかのように、発電プラントとしては役目を終えるときを迎えた。


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