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あの時、事故現場は―今、こう思う 元もんじゅ自衛消防隊長・野田正男さん

  • 2015年12月8日
  • 09:14
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野田正男さん
野田正男さん

 1994年4月5日、もんじゅの初臨界を祝う記念写真の左端に、野田さん自身も笑顔で収まっている。陽光の注ぐ構内で、約160人の職員やメーカー社員の顔は、誇らしげだった。ナトリウム漏れ事故はそのわずか1年半後。自衛消防隊長として混乱に巻き込まれていく。

 「にじみ程度であってほしかった。まさかあそこまで漏れるとは」。事故の夜、連絡を受けると、もんじゅにとんぼ返りした。漏えいのあった配管室近くに消防隊を先導したり、中央制御室で現状を説明したりと対応に追われた。制御盤のランプは点灯しっぱなしで警報を発していた。

 漏れたのは約640キロ。想像を絶する量だった。さらにビデオ隠しといった問題も重なり、混迷は深まっていく。「こそくなことをせず、謙虚であるべきだった。汗をかいている姿を見せれば、世間も応援してくれただろうに」と悔やむ。

 2010年、原子炉廃止措置研究開発センター(ふげん)所長を最後に退職。ほとんど運転実績のないまま過ぎたもんじゅの20年を「現場を知り統率できる幹部がいなかった」と指弾する。「時間がたちすぎ現場の力も衰えてしまった」と振り返る。

 その20年の果てに、規制委から出された運営主体の変更勧告を「恥ずかしいし、情けないし寂しい」という。地域の祭りで若手職員らと接するにつけ「疲弊し萎縮している」と感じる。「彼らを救うのは幹部の役目。泥水をすすってでも立ち上がる気持ちを持ってほしい」と願っている。

 のだ・まさお 福井工大卒。1972年に動力炉・核燃料開発事業団に入り、もんじゅには98年まで約8年間在籍。使用前検査業務などに当たった。65歳。敦賀市。


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