福井と沖縄、原発と基地のニュースサイト

あの時、事故現場は―今、こう思う 元県原子力安全対策課長・来馬克美さん

  • 2015年12月8日
  • 09:14
  • Twitterでシェア0
  • Facebookでシェア0
  • Google+でシェア
  • 0
来馬克美さん
来馬克美さん

 「技術的な問題だけなら、ある程度の期間で解決できたはず。最初の情報公開の不十分な対応で、真に壊れたのはモノではなく信頼だった」

 ナトリウム漏れ事故当時は福井県原子力安全対策課の参事。発生2日目には現場に入った。過去の県内原発のトラブルや事故の経験から「県民に正確な情報を迅速に示すことが、失敗から立ち直る一番早い道筋」だと感じていた。

 だが、旧動燃は真逆の対応をした。現場映像を意図的に編集した「ビデオ隠し」、さらにそれを隠蔽(いんぺい)するため虚偽報告も行った。「事故をなるべく衝撃的じゃないように見せたかったのだろう」と振り返る。

 当時から、もんじゅは一般の原発の軽水炉とは世間の関心度が違った。「ナトリウムとプルトニウム。二つのキーワードで一挙手一投足が注目された」。初臨界後、厳しい目が注がれていた中での事故という背景もあった。

 事故後は、目に見えない信頼をどう回復するかを考えてきた。県は独自の専門委員会を設けて県民目線で安全性を検証するようにした。だが原子力機構のトラブルは絶えず、福島の事故後は保守管理の不備が相次ぎ、「機構は結局この20年、壊れた信頼を修復できていない」。

 ただ、規制委の対応には疑問を呈す。「もんじゅは開発段階で、軽水炉と違う発想で取り付けた機器も多い。同じ尺度で一律に違反だとするのは、やや乱暴」。もんじゅの設計に基づく保守管理の在り方を示すべきだと強調する。「勧告した側にも、もんじゅの運営を正常化させる責任がある」。

 くるば・かつみ 大阪大卒。1972年に初の原子力専門の技術系職員として県庁に入り、99年から5年間、原子力安全対策課長を務めた。福井工大教授。67歳。福井市。


基地 from 沖縄 カテゴリーニュース

原発 from 福井 カテゴリーニュース

原発 from 福井 カテゴリーニュース

基地 from 沖縄 カテゴリーニュース