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敦賀の民宿は定期検査作業員頼み 原発の行方・第2章(2)

  • 2012年2月4日
  • 05:00
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敦賀半島に立ち並ぶ「漁家民宿」。原発の定期検査に携わる作業員が宿泊客の多くを占めている=福井県敦賀市縄間
敦賀半島に立ち並ぶ「漁家民宿」。原発の定期検査に携わる作業員が宿泊客の多くを占めている=福井県敦賀市縄間

 敦賀半島に位置する福井県敦賀市西浦地区。日本原電敦賀原発へ向かう道路沿いの集落には、漁業者が営む「漁家民宿」が立ち並ぶ。市内の漁家民宿61軒のうち56軒が同地区に集中。ほとんどは1960年代、原発建設計画の具体化した時期に営業を始めた。

 利用客は時代とともに変化した。市漁業観光協会の中川堅一会長(54)=同市白木=は「夏場の観光客だけでなく、原発の定期検査があるから安定した収入を見込むことができた」と話す。現在は定検に従事する作業員の宿泊が柱だ。

 定検は各プラントで13カ月ごとに行われる。原電によると、敦賀1、2号機の平均的な定検期間は1回当たり約110〜130日。県内外の協力会社200〜300社が携わり、ピーク時に構内に入る作業員約3千人のうち、3割程度は県外からやってくる。

 市漁業観光協会の概算では、定検1回で西浦地区の民宿に延べ1万5千〜2万人の作業員が宿泊するとされてきた。しかし、宿泊客の総数は80年代をピークに減少し、経営は厳しさを増しているという。

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 敦賀市縄間で66年に開業したある民宿は現在、24室に70人収容できる。開業時は平屋の自宅に4部屋あるだけだったが、定検作業員を泊める一方で、釣り客や海水浴客も増え続け、81年までに2度増築した。満室のため納屋の2階や近所の家を借りて作業員の寝床を仕立てたことさえあった。

 80年代以降はレジャーが多様化し、民宿の需要は徐々に低迷。80年に北陸自動車道が敦賀まで開通すると、関西、中京からも日帰り旅行の圏内に入り、宿泊客自体が減った。常連客を抱えるこの民宿でも、現在の年間宿泊客数はピーク時の半分程度。「お客の8割は作業員さんで持っている」と経営者の女性(68)は打ち明ける。

 近年は、定検作業員の利用も目減りしている。市中心部にビジネスホテルが相次いで開業したためだ。「定検中はビジネスホテルが満杯状態。シェアを奪われている」と中川会長。民宿の危機感は強い。

 市漁業観光協会は一昨年、民宿の課題を探ろうと、協力会社向けに初のアンケートを実施。昨年5月には原電や協力会社の担当者に利用拡大を直談判した。作業員のニーズに応え個室化を進める民宿もある。

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 原発の建設時、周辺の漁業者は原電から用地買収費や漁業権の補償金を受け取り、自宅を民宿に改修した。そこを原発関係者が利用する…。「二重、三重の収入が得られた。地域が大きく変遷した」と敦賀商工会議所元専務理事の中村秀男さん(70)は語る。

 国道8号に面した繁華街「本町」も潤った。恩恵を得た半島の住民、作業員や電力関係者が夜ごと繰り出した。「人口6万人程度のまちにあれだけの歓楽街ができたのも原発のおかげ」と中村さんはいう。

 だが、長くは続かなかった。国の商業統計調査によると、91年度に299軒あった中心市街地の店舗数は2007年度には141軒に半減した。

 08年度以降にJR敦賀駅周辺で開業したビジネスホテル3軒は、民宿からシフトした作業員の宿泊で稼働率が高く、つられて飲食店も増加。「出店が連動し、目に見えた形で活気が出ている」と敦賀商工会議所幹部はみるが、いつまで続くかは未知数だ。

 定検中の原発の再稼働が見通せず、顔を曇らせるのは敦賀市漁協の浜上貞和組合長(62)。「経済が回らないから、魚も売れない。そろそろ原発が動いてくれないと干上がってしまう」とこぼす。各方面で経済波及効果を当て込む敦賀3、4号機増設計画も不透明だ。地元経済の浮沈が原子力政策の行方にかかっている。


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