福井と沖縄、原発と基地のニュースサイト

脱原発の「北風」では変われない 原発の行方・プロローグ(4)

  • 2011年10月8日
  • 05:00
  • Twitterでシェア0
  • Facebookでシェア0
  • Google+でシェア
  • 0
「原発問題を語るには覚悟が求められる」と話す「『フクシマ』論」の著者、開沼博さん=2011年9月20日、東京都文京区の東京大本郷キャンパス
「原発問題を語るには覚悟が求められる」と話す「『フクシマ』論」の著者、開沼博さん=2011年9月20日、東京都文京区の東京大本郷キャンパス

 豊かさや発展を期待して原発を呼び込んだ立地地域。雇用などに満足する住民には「原発を抱擁し続けてきた“幸福感”がある」―。  福島県の原発をテーマに「日本の戦後成長」と「中央と地方」の関係を論じた「『フクシマ』論 原子力ムラはなぜ生まれたのか」は、「依存」「抑圧」などとステレオタイプにとらえがちな立地地域の実像を構造的に浮き彫りにし、注目を浴びている。

 著者は東京大大学院博士課程で社会学を学ぶ開沼博さん(27)。今年初めにまとめた修士論文が東京電力福島第1原発事故後に出版された。

 事故後の原発を取り巻く現状を開沼さんはこうみる。

 「(原発問題を語るには)一言でいうと覚悟が求められる。今の段階で一番覚悟しているのは原発立地地域の人。共存していくんだという覚悟があるわけだから」

 「『フクシマ』論」で描き出された世界は、福井県にも当てはまる。

  ■  ■  ■

 地方に原発が受け入れられた構図を、開沼さんは中央との関係性からこう分析する。

 戦後の近代化が進む中、地方は東京や大阪のような都会にはなれない、というある種の矛盾を埋めるため、一つの装置としてたまたま誘致されたのが原発。「経済的な格差を利用し、格差を埋める形で都会のために都合のいいものを地方に置いていき、日本の近代化や戦後は動いた」

 ただ、1980年代後半以降は「中央の論理」を地方に持っていく形での成長は難しくなったという。

 そして今回の事故。

 「多分今でも、福井の人や高速増殖炉『もんじゅ』の周りに住む住民は恐れおののきながら暮らしているんじゃないか、とメディアを見ている人は思っている。矛盾だらけのものを抱えてかわいそうに、と。でも地元では『ずっとあるし』みたいな感じだろう」

 福島県いわき市出身の開沼さん自身、原発の研究を始めたきっかけは、5年前に原子力施設が林立する青森県六ケ所村を訪れ「住民が虐げられている」との先入観を覆されたことにある。

 以来、佐藤栄佐久前知事や数多くの住民にインタビューを重ねた。「中央」の「上から目線」では見えてこない、地元の空気をじかに感じた。

  ■  ■  ■

 声高に叫ばれる現在の「脱原発」論議は、代替案のないまま「脱基地」を唱える沖縄の基地問題に通底すると開沼さんはいう。脱原発を本気で進めるのなら、地元を上回る覚悟を持つ人間がその地域に入っていく必要があるとも話す。

 一方、福井県内などで立地地域の首長や議会、住民が原発堅持の声を上げるのは「非常に人間的な反応」とみる。そこでは原発が「一種の文化」になり、半世紀近く雇用などの恩恵を生んできた以上、“外からの声”は響かないからだ。

 さらに「北風と太陽」に例え「脱原発という北風が吹くほど、立地地域は縮こまっていくという構造に気づいていない」と指摘。「何かを変えるまでその地域で啓発活動するなり、新しい産業をつくるなりという努力をする」という“太陽”こそが求められるというのだ。

 原発をどうするかという答えを探るには「地元の声を丁寧に拾い上げ、どう解決するかという問いを設定し、議論していくことが必要」と開沼さん。地方の側も、豊かさとは何か、中央の論理に追従するだけでなく、地方の論理、価値観をあらためて構築すべきだと訴える。


基地 from 沖縄 カテゴリーニュース

原発 from 福井 カテゴリーニュース

原発 from 福井 カテゴリーニュース

基地 from 沖縄 カテゴリーニュース