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原子力の黎明期鮮明 福島第1原発、「むつ」カラー写真

  • 2019年3月11日
  • 08:31
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建設中の東京電力福島第1原発1号機=1968年6月
建設中の東京電力福島第1原発1号機=1968年6月

 日本写真新聞社(1999年解散)が残した膨大な写真の中に、建設中の東京電力福島第1原発1号機と、建造中の原子力船「むつ」の鮮明なカラー写真が見つかった。


 関係機関にも写真自体がほとんど残っていない原子力黎明(れいめい)期の貴重な記録。しかし、むつは後継もなく計画が頓挫し、同原発は未曽有の大事故に至った。写真を見た当時の関係者は「その後のことを考えると胸が痛い」と振り返る。


 福島第1原発の写真は68年6月撮影。運転開始当時を知る東電のOBは「中央上部の右側は主蒸気配管が突き出て、周辺設備に配管をつなぐ前だ。海側にはタービン建屋の基礎が見えていますね…」と写真に見入った。


 福島第1は東電初の原発。撮影当時、東電の技術者は渡米して運転技術の研修を受けていた。高度成長で電力需要は増え、新たな電源が待たれていた。意欲は高かった。しかし、その原発が2011年3月、東日本大震災で電源を喪失し、国内最悪の事故を起こす。


 どこで間違えたのか。このOBは「使用済み核燃料の問題が浮上した80年代から90年代の電力自由化にかけて、原子力技術の分かる社員が減ったのが転換点」と振り返る。「津波の危険性に気付いたとき、すぐに手を打てなかっただろうか。今思えば、事故被害の大きさに比べて対策費は何ほどでもなかった」と嘆いた。


 一方、建造中の原子力船むつは、69年3月撮影。造船海運国であった日本が船舶用原子力技術の確立を目指したが、洋上試験中の74年9月、放射線漏れが発生した。


 技師として関わった元三菱原子力工業の須田浩二さん(73)は「69年の進水式に皇太子ご夫妻(現天皇、皇后両陛下)をお招きしたほどだったのに」と残念がる。


 風評被害を恐れる漁民が猛反発し、青森県むつ市の母港大湊港への帰還を拒否された結果、改修は長崎県の佐世保港で施された。むつ市関根浜に新たな母港を造ったものの、自民党の一部から廃船の声が上がった。「技術より政治的、社会的な問題になった」と須田さんは悔やむ。


 須田さんはこの船を今も「原子力第1船」と呼ぶ。第2、第3の船を建造することを見越していた呼び方だ。「(改修後は)冬の北太平洋の荒波に耐え、地球2周以上を航海した。得られた知恵と技術を次世代に引き継いでほしい」


 むつは93年に原子炉を取り外され、海洋研究開発機構の研究船「みらい」として再生した。



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