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敦賀半島の歴史、墨書5万枚超す 暮らしや歴史、もんじゅ克明

  • 2018年10月9日
  • 11:47
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敦賀半島の暮らしや原発の経緯などを記録している墨書が5万枚を突破した橋本さん=福井県敦賀市
敦賀半島の暮らしや原発の経緯などを記録している墨書が5万枚を突破した橋本さん=福井県敦賀市

 1950年から敦賀半島の暮らしや歴史、原発の記録を書き続けている福井県敦賀市の橋本昭三さん(89)の和紙の墨書がこのほど、通算5万枚を超えた。地元に立地する高速増殖原型炉もんじゅに関しては、誘致から現在の廃炉作業までの経緯を克明に記載。68年余りで目標枚数を達成した橋本さんは「死ぬまで書き続けるつもり。ゆくゆくは市立博物館に寄贈したい」と話している。


 白木区は敦賀半島北西端にある15軒の小さな集落。橋本さんは漁師だった20歳の頃、集落の役員らの集会で隣区との境界の記録がない問題を話し合っていた光景を見て「昔の文書がないのは不利益を被る。将来のため白木の記録を残す」と筆を執った。


 墨書に使っているのは縦27センチ、横40センチの和紙。毎年の元日には、和紙に年号、名前とともに「白木のあゆみ」と題名を記し「郷土を愛す」と書き添えてから記録をスタートさせる。1枚平均400字といい、多いときで1日4~5枚書く。100枚ごとにとじ、箱に入れて保管している。


 これまで書き続けてきた記録は、日々の集落の出来事のほか、白木区の古代からの歴史、行事・祭礼、漁の仕方や水揚げ量、敦賀半島全体の歴史などとテーマは多彩だ。


 書き始めた頃は「半農半漁」の暮らしぶりが中心だったが、近くに関西電力美浜原発が立地し、高速増殖原型炉もんじゅを誘致した後は道路やトンネル、漁港が整備されるなど大きく変遷する区の姿を書き続けてきた。


 もんじゅに関しては詳細な記録を残している。1970年2月、当時区長だった橋本さん宅に動力炉・核燃料開発事業団(現日本原子力研究開発機構)の職員らが訪れ、もんじゅ建設を打診。墨書に「開村以来の重大な問題」と記した。


 市会議長だった95年12月にはナトリウム漏れ事故が起き、就寝中に電話で一報があり眠れなかったと書いた。廃炉作業が始まった今も新聞記事の写し書きや感想をしたためている。


 墨書5万枚は当初からの目標だった。「白木から市役所までの距離が5里(約20キロ)。和紙を横に並べると5万枚で5里になるので、市役所まで届くようにと書き続けてきた」と橋本さん。「墨書は公共に利用してもらいたい。50年後、100年後に『なるほどな、こんな歴史だったのか』と分かってもらえれば」と目を細めた。



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