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原子力機構、遠い意識改革の道のり もんじゅとプルサーマル(9)

  • 2010年3月19日
  • 12:19
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福井県幹部に、ナトリウム検出器の誤作動や通報遅れを陳謝する原子力機構敦賀本部の早瀬本部長(左から2人目)=2008年3月
福井県幹部に、ナトリウム検出器の誤作動や通報遅れを陳謝する原子力機構敦賀本部の早瀬本部長(左から2人目)=2008年3月

連載「動き出す2つの環 もんじゅとプルサーマル 第2部・もんじゅ迫る判断 (3)透明性の確保」

 「国民や地元の安心のために透明性を第一に考え、悩むことなく報告してほしい」。2010年1月15日に高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)を視察した原子力安全委員会の鈴木篤之委員長は、トラブル時の通報連絡体制などを現場で確かめた上で、こう注文を付けた。

 1995年のナトリウム漏れ事故では、生々しい現場映像の存在を隠し内容を意図的に編集した「ビデオ隠し」や通報遅れ、虚偽報告などが次々と発覚。旧動力炉・核燃料開発事業団(動燃)の閉鎖的な体質は厳しく批判され、信頼は地に落ちた。

 もんじゅの向和夫所長は当時の状況を「動燃はウラン濃縮やプルトニウムなど国際的に情報管理が非常に厳しいものを扱っており、組織全体がそういう意識になっていた。プラントではそんなにすべてを管理する必要はなかった」と苦い思いで省みる。

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 教訓を糧に、日本原子力研究開発機構は情報公開と透明性確保に全力で取り組んできたはずだった。

 ところが2008年3月、もんじゅのナトリウム検出器が誤作動した際、県や敦賀市へ第1報が入ったのは発生から約3時間後。報告を受けた県幹部は「通報連絡が徹底されていないことがあらためて分かった」と吐き捨てた。体質改善、意識改革は容易でないことを浮き彫りにした。

 その後、もんじゅには非常時に職員が正しく行動し、通報遅れなどを防ぐため所長に助言する立場の危機管理専門職が置かれた。2代目の島崎善広氏は、検出器誤作動時の通報遅れを「残念だった」と話す。誤作動時の手続きマニュアルがあったのに、実行されておらず「自分たちで決めたルールを守ることは当然」とも指摘する。

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 原子力機構の女性広報チーム「あっぷる」のメンバー、木原実緒さんは1995年4月に入社した。もんじゅ内で総務業務を行う「もんじゅ管理課」に所属。ナトリウム漏れ事故時の所長、副所長を間近で見ていた。当時の記憶は鮮明だ。

 事故発生後、職員は懸命に働いていた。ただ、振り返ると「世間とは違う方向に動いていた」と感じる。旧動燃を「内向きの組織だった」とさえ例える。

 96年秋、「県民の目線で事故のことを正確に、分かりやすく話そう」と女性職員で広報チームをつくった。97年12月からは県内自治体で説明会を開き、組織や事故の話をした。「うそつきと怒号が飛ぶほど厳しかった」という。

 動燃は“解体的出直し”を迫られ、98年に核燃料サイクル開発機構に改組。05年には現在の原子力機構となった。組織風土に対しては常に厳しい目が向けられ、「体質は変わっていない」との声は今もある。しかし、木原さんは「説明会では事実を包み隠さず話している。幹部との意見交換など風通しは確実によくなった」と強調する。

 もんじゅでは毎週月曜日、管理職ミーティングの席で▽迷ったら必ず連絡▽事実確認に時間がかかる場合はすぐ連絡▽兆候を確認した時点ですぐ連絡-と「通報連絡3原則」を唱和する。意識付けを徹底する一環だ。

 「トラブルは必ず起こると覚悟した上で対応すべきだ」と島崎氏。その上でこう付け加える。「正直が一番のリスク管理。意識改革、風土改革はやり続けるしかない」

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 2010年3月、もんじゅの運転再開を認めるか、福井県と敦賀市の判断が迫っている。安全性や地域振興、合意形成など何が問われているのかを検証する。


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