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夢の原子炉は夢のまま もんじゅ総括なく廃炉へ国転換

  • 2016年12月20日
  • 09:25
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 1兆円の国費を投じた「夢の原子炉」高速増殖炉もんじゅ(福井県福井市)は、建設準備から40年以上、実績らしいものを残すことができず廃炉に向かうことになった。数々のトラブルと向き合い支えてきた立地地域は未来を描けないままで、資源小国の日本を救うという使命も宙に浮いた。もんじゅの存在意義は何だったのか。総括がないまま政府は方針転換し、不安と不信の中で原子力エネルギー政策は進む。

 ■「切り札」のはずが

 敦賀市白木に建設が持ち上がったのは1970年ごろ。建設とともに、陸の孤島と言われた地域に道路が通り、約千人の雇用も生まれた。巨額の交付金で町は潤い、地元白木区の区長を長年務めた元市議の橋本昭三さん(88)は「住民生活は良くなった」と振り返る。

 迷走の発端となった95年のナトリウム漏れ事故を経て、改造工事了承の判断条件に県は、もんじゅを中核としたエネルギー研究開発拠点化を掲げた。2005年に計画が策定されたが、当初思い描いた“知の拠点”にはなり得ていない。

 福井県はもんじゅをカードとして、北陸新幹線延伸の取引にも使ったものの「もし効果があったなら、新幹線の金沢開業と敦賀開業は同時期だった」と県関係者は語る。今回示された廃炉に伴う地域振興策も、具体策がないままだ。

 ■いまだ「建設中」

 エネルギー政策でも、もんじゅの位置付けは中途半端だった。ナトリウム漏れ事故では、その後のビデオ隠しも問題となり、知見を生かして後継機を開発するはずだった電力会社が及び腰になった。かつて実証炉の開発主体に選ばれ、社内に高速炉開発部を置いていた日本原電も今では「ノウハウを持っていない」(村松衛社長)。

 事故から14年半の空白を経て、10年に運転再開したが、その3カ月後、炉内中継装置の落下トラブルが発生。トラブルを発端にした大量の機器点検漏れもあり、再び迷走の道をたどった。14年に国のエネルギー基本計画から「増殖」の文言が消え、もんじゅの存在意義は一層薄れた。15年に原子力規制委員会がもんじゅの運営主体を原子力機構から変更するよう文部科学相に勧告するに至った。

 「運転期間250日」「最大出力40%」が、もんじゅの残した結果だ。国は「成果を残した」と強がるが「建設中」のプラントにすぎない。

 ■「日本政治の悪弊」

 規制委に「結果を出せないという結果を積み重ねてきた」と皮肉られたもんじゅは、何のために存在したのか。総括がないまま、政府は後継機を造る方針を示した。「運営主体の特定が先」との県の主張には答えず、もんじゅを今後も活用するとした。

 国が開発を目指す「高速炉」と、もんじゅの「高速増殖炉」は、燃料の構成以外にほとんど違いはない。経済産業省の担当者は「『高速炉』とは『高速増殖炉』も含む」とする。核燃料サイクル継続ありきのシナリオだ。

 ただ、高速炉開発を絵に描いた餅と指摘する関係者は多い。失敗した原型炉より規模が大きい実証炉を、誰がどう設計するのか。建設できる場所があるのか。運転を担う組織はどうするのか。保守管理の方法、規制基準はどうするのか。これらは「今後の高速炉開発会議で決定する」方針だが、もんじゅ廃炉以外は決まっておらず、廃炉作業が可能なのかさえ霧の中だ。

 元京都大原子炉実験所講師の小林圭二さんは「高速炉開発は、技術面より必要性で意味があるのかという根本的な問題がある。いったん決めたことはやめられない、日本政治の悪弊だ」と批判した。


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