福井と沖縄、原発と基地のニュースサイト

福井で本気に、リオ五輪銅荒井選手 メダル下げ笑顔で語る

  • 2016年10月2日
  • 09:32
  • Twitterでシェア0
  • Facebookでシェア0
  • Google+でシェア0
  • 0
銅メダルを首から下げ、笑顔でインタビューに答える荒井選手=1日、福井市のザ・グランユアーズフクイ
銅メダルを首から下げ、笑顔でインタビューに答える荒井選手=1日、福井市のザ・グランユアーズフクイ

 「世界に羽ばたく原点の地」 接触選手と友情、力に

 リオデジャネイロ五輪陸上男子50キロ競歩の銅メダリスト、荒井広宙(ひろおき)選手(28)=福井工大出身、自衛隊=が1日、自衛隊パレードに合わせ五輪後初めて福井市を訪れ、福井新聞のインタビューに応じた。メダルを手に「福井は僕が競歩に本気で取り組み、世界に羽ばたいていくための原点の場所」と青春時代を過ごした大学生活を懐かしんだ。

 長野県の中野実業高(現中野立志館高)出身。当時は無名の選手だったが、誘われて福井工大に入学した。

 大学2年のとき転機が訪れた。参加した合宿で、今も指導を受ける小松短大(石川)陸上部の内田隆幸監督と知り合った。直接指導を受けるためには陸上部を退部せざるを得なくなったが「今思えばそれがいい試練、強くなるきっかけを与えてくれた。競歩に対して本気で取り組むきっかけになった」。このままで終わらないという反骨精神が銅メダルにつながったと振り返る。

 福井から石川へ通って指導を受け、3年時からは石川に引っ越して福井工大へ通学。そのころから徐々に力をつけていった。

 五輪の銅メダルは、順位の判定が二転三転する騒動の末につかんだ。失格になりそうだと聞いたときは「どうしよう」とやきもきしたが、「それがきっかけで(レース中に接触した)カナダの選手と仲良くなれた。これこそメダル以上に価値のあることだと思う」とわだかまりはない。

 レース後、ドーピングルームで、そのカナダ選手と一緒になった。「彼は僕と顔を合わせたくないんじゃないかなと思っていた」が、カナダ選手は「ごめんね。僕のコントロールできないところで話(抗議)が進んじゃって」と声をかけてきた。「彼が怒っていないことが分かった時点で正直、失格でも3位でもどちらでもいいという気持ちになった」。互いに死力を尽くして勝負した結果。荒井選手も「当たっちゃってごめん」と返したという。

 その後は閉会式などで一緒に写真を撮ったり、Tシャツを交換したりと友好を深めた。「同じくらいの実力で、いいライバル。来年も負けないというモチベーションになっている」と得るものは大きかった。

 4年後の東京五輪の目標は「今回の銅メダル以上の結果を」。福井の子どもたちには「スポーツでも何でもすぐに結果を出すことは難しい。長期的な視点で成長してもらいたい」とエールを送っていた。


基地 from 沖縄 カテゴリーニュース

原発 from 福井 カテゴリーニュース

原発 from 福井 カテゴリーニュース

基地 from 沖縄 カテゴリーニュース