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「炉心溶融使うな」と東電社長 福島事故、第三者委が報告書

  • 2016年6月17日
  • 13:04
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 東京電力が福島第1原発事故当初、原子炉の核燃料が溶ける「炉心溶融」が起きていたのに「炉心損傷」と過小評価の説明をしていた問題で、同社が原因調査を依頼していた第三者検証委員会は16日、「当時の清水正孝社長が『炉心溶融という言葉を使うな』と社内に指示していた」との報告書を取りまとめ、東電に提出した。

 第三者委は、清水氏の指示の背景には、当時の首相官邸からの指示があったと推認されると認定。しかし、清水氏ら関係者に複数回ヒアリングしたが、官邸側の人物や具体的な指示内容など詳細は解明できなかったという。官邸側の関係者への調査は「権限がない」との理由で実施していない。

 事故当時、原子炉が最も深刻な事態にあるのかは国民が注視していた。事故を過小評価するような説明に経営トップが関与していたことが明らかになり、改めて姿勢が問われそうだ。

 民主党政権の官房長官として事故対応した民進党の枝野幸男幹事長は16日、「私も、当時の菅(直人)首相も、東電にそんなことを求めていない。私自身が当時の記者会見で、炉心溶融を認める発言をした。ブレーキをかけるなどあり得ない」と述べた。菅氏も取材に「炉心溶融という言葉を使うなと言ったことはない」と話した。

 炉心溶融を巡っては、事故翌日の2011年3月12日、経済産業省原子力安全・保安院(当時)の幹部が、国内で初めて発生しているとの見方を示した。報告書によると、清水氏は2日後の14日夜に記者会見中だった武藤栄副社長(当時)に広報担当者を通じ、官邸からの指示として「この言葉(炉心溶融)は絶対に使うな」と伝えていた。

 同日早朝には、1、3号機の炉心損傷割合が5%超と確認され、当時の社内マニュアルに従えば、炉心溶融と判断できる状態になっていた。

 11年の事故直後、東電は記者会見などで1〜3号機の炉心溶融の可能性を指摘されたが、「基準は存在しない」として前段階の「炉心損傷」と説明していた。正式に溶融を認めたのは11年5月だった。

 一方、事故から約5年間、炉心溶融の判断基準を記したマニュアルを見過ごしていた問題は「秘匿しなければならない理由はない」として意図的な隠蔽を否定した。


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