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越前和紙職人、4代目は女性 一人娘麻貴子さん、名跡・岩野平三郎

  • 2016年6月8日
  • 07:24
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初代から代々受け継ぐすき桁を手に、笑顔を浮かべる岩野麻貴子さん=福井県越前市の岩野平三郎製紙所
初代から代々受け継ぐすき桁を手に、笑顔を浮かべる岩野麻貴子さん=福井県越前市の岩野平三郎製紙所

 平安時代から続く紙すき模様「打雲(うちぐも)」「飛雲(とびぐも)」「水玉(みずたま)」の技術を継承する越前和紙職人の名跡、岩野平三郎。1月に亡くなった福井県無形文化財の3代目岩野平三郎さん(享年85)に代わり、一人娘の岩野麻貴子さん(47)が4代目として技を受け継いでいる。初の女性継承者となるため、平三郎を襲名するかどうかは未定だが「初代が作り上げたものを守りながら、気配りや美意識など女性らしさも大事にしたい」としている。

 すいた地紙の上に別の紙料を重ねて模様にする岩野家一子相伝の技法「すき掛け」。藍色や紫色の紙料「華」を溶かした槽に、地紙を挟んだすき桁をそっと入れる。ここからはミスの許されない一発勝負。水が落ちていく間に小刻みに桁を揺すると、独特の波模様「打雲」が現れる。

 初代から受け継ぐ桁は、強く握られた部分やこすった部分がすり減っている。先代亡き今「道具にすき方を教わる部分もある」と麻貴子さん。背負った伝統の重みを日々実感している。

 初代平三郎が麻を原料に開発した日本画紙「雲肌麻紙(くもはだまし)」。その看板商品から一字取って2代目に名付けられ、後継ぎの期待をひしひしと感じて育った。反発心から短大を卒業後、家業とは関係のない会社に就職。だが23歳のときに「継げるのは自分しかいない」と宿命に身を任せた。

 画紙を中心に約40種類の紙を製造する国内最大の手すき工房「岩野平三郎製紙所」。修行はちり取りに始まり、紙すきは分厚い紙から薄い紙へ。紙の厚さを判別できるまでに5〜10年かかる。

 「裁縫が大の苦手。人一倍不器用だった」という麻貴子さん。寡黙で温厚な職人気質の先代からは「とにかく数をこなせ」と励まされた。練習しているとそっと見守り、完成した紙を選別してくれた。

 言葉で技術を教わったことはない。隣ですき掛けを手伝う時間が授業だった。しかし、麻貴子さんがすいた地紙を渡すと、技を盗む間もなく模様が完成している。1枚の損紙も出さない熟練の技術。追えば追うほど遠のく背中に、自信が持てずにいた。

 転機は4年前。高齢で体が弱り、工房を離れがちになった先代を目の当たりにし、自覚が芽生えた。2代目の時代から製紙所で働く伝統工芸士の玉村秋子さん(71)は「技術は心。このころから顔つきが変わった」と振り返る。

 常に笑顔を絶やさず、従業員からも愛される癒やし系のキャラクター。経営者としては「すけば売れるような時代じゃない。取引先に出向くことが必要。発信力も高めたい」と意欲的だ。画家らの覚えもよく、いにしえの紙の復元依頼など、さまざまな仕事が舞い込んでいる。

 現在、県無形文化財登録に向けた準備が進む。認定された段階で技術保持者として認められるが、その時点で平三郎を襲名するのか、本名のままいくのかはこれから決めるという。麻貴子さんは「自分をしっかり持ち、職人として、経営者として成長したい」と話している。


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