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メルトダウンを過小評価、福島第1 東電、社内基準5年見過ごす

  • 2016年2月25日
  • 08:53
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小型の無人飛行機が撮影した東京電力福島第1原発。左から4号機、3号機、2号機、1号機=2011年3月20日(エアフォートサービス提供)
小型の無人飛行機が撮影した東京電力福島第1原発。左から4号機、3号機、2号機、1号機=2011年3月20日(エアフォートサービス提供)

 東京電力は24日、福島第1原発事故当初の原子炉の状況をめぐり、極めて深刻な事態の「炉心溶融(メルトダウン)」ではなく、前段階の「炉心損傷」と説明し続けたことが誤りだったと発表した。国や関係自治体への説明でも事態を過小評価していたことになる。当時の社内マニュアルに炉心溶融の判断基準が明記されていたものの、事故後に全面改定され、かつて基準が存在したことを5年間、見過ごしていたという。

 柏崎刈羽原発を抱え、事故対応を検証している新潟県の技術委員会の求めで調査を始め、今月判明したとしている。東電の情報公開の在り方があらためて問われそうだ。

 東電は記者会見で「基準に照らせば事故4日目の2011年3月14日の段階で炉心溶融と判断できた」と陳謝したが、一方で「収束作業への影響はなかった」とした。基準を長期間見過ごしていた理由については、第三者を交えた社内調査を行う方針。

 東電は事故2カ月後の11年5月、詳しい解析の結果として1号機で大部分の燃料が溶けたと推定、ようやく炉心溶融を認めたが、それまでは「溶融を判断する根拠がない」と説明していた。

 東電本社が管理していた原子力災害対策マニュアルには、炉心損傷割合が5%を超えれば炉心溶融と判定すると明記されていたが、社内で情報共有されていなかった。

 3号機では計測機器が復帰した3月14日午前5時3分の時点で損傷割合が30%、1号機も午前7時18分時点で55%と推定され、ともに炉心溶融の状態だったが、国への報告や報道機関への説明では炉心損傷としていた。

 炉心溶融の判断基準を記載したマニュアルは1999年のジェー・シー・オー臨界事故(茨城県)を機に整備された。しかし、福島原発事故後の13年12月に全面改定され、記載はなくなった。



 炉心溶融と炉心損傷 原発が運転を止めても燃料は熱を出し続けるため、水で冷やし続ける必要がある。東京電力福島第1原発事故のように注水が不能になった場合、原子炉圧力容器の水位は下がり続け、やがて燃料が露出、熱くなって溶け始める。この状態が「炉心溶融」で、溶けた燃料は重力によって圧力容器の下部へ落ちていく。「メルトダウン」とも呼ばれる。事故当時、原子力安全・保安院は炉心溶融の前段階として、燃料を覆う被覆管が溶ける状態を「炉心損傷」と定義していた。


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